本記事は2018年度建築学会大会梗概 「弾塑性振動解析における剛性行列のLDL分解の頻度を低減することによる計算時間の短縮化の検討」の内容を再編集したものです。
著者:梁川 幸盛,宇佐美 祐人,鈴木 壮,木村 まどか
Keyword:弾塑性振動解析, 剛性マトリックス, LDL分解, 積分時間刻み, 高速化
はじめに
信頼性の高い耐震設計のためには、精緻な建築モデルによる構造解析が欠かせない。しかし、立体弾塑性モデルによる振動解析は、昨今敷居が低くなったとはいえ、依然として高コストである。弾塑性振動解析プログラムの計算時間の短縮については、大規模疎行列の特性を利用してLDL分解における演算回数を減少させる方法や、LDL分解を並列化して計算時間を減少させる方法が良く研究されている[1]。一方で、積分時間刻みを可変にしてLDL分解分解の頻度を低減させる方法が提案されているが、実務で使われるソフトウェアでは採用例が少ない。
この理由として考えられるのが、積分時間刻み(以下Δt)の制御の難しさである。計算精度が求められる時点でΔtを細かく制御することが出来ても、元の荒いΔtにに戻す判定基準をどうするのか、あるいは、粘性ダンパー等で要素内部の振動系を解くために微分方程式を利用するような場面では、Δtを固定的に考える単純化が行われ、その部分がネックになって全体方程式のΔtが可変にできないといった難しさであると考えられる。
そこで本稿は、計算時間の短縮のためにΔtを可変にするのではなく、剛性マトリクスのLDL分解の頻度を低減することによって、必要な計算精度を確保しつつ計算時間の短縮を狙う方法を検討した。
計算方法
非線形の振動方程式として式(1)を考える。
・・・(1)
ここで、
[M] :質量マトリクスΔt :積分時間刻み
β :ニューマークβ法における係数
{Xn} :時刻ステップnでの応答変位ベクトル
[Sn] :時刻ステップnでの瞬間剛性マトリクス
[Cn] :時刻ステップnでの瞬間減衰マトリクス
{EFn}:時刻ステップnでの外力ベクトル
{CFn}:時刻ステップnでの減衰項に関する内力
{SFn}:時刻ステップnでの剛性項に関する内力
式(1)を解く上で、材料非線形または幾何学的非線形によって[Sn]項が変更される場合には、式(1)の1行目の―1乗が付く項(有効剛性と呼ばれる)の逆マトリクスを求め直すことになり、計算機内部では大型疎行列のLDL分解が行われることになる。通常の非線形振動解析ソフトウェアでは、計算時間に占める大部分がこのLDL分解に充てられることになり、この部分の高速化がこれまでの研究の中心であった。
しかし、本研究では、振動解析全体の計算精度を見た場合に、全体に対する影響が小さくなる条件が成立する場合にはこのLDL分解自体が省略できると考え、その条件の検証を行った。本研究では、式(1)の2行目(有効外力と呼ばれる右辺ベクトル)に着目し、この右辺ベクトルのノルムを管理することで、計算精度に対する影響の小さいLDL分解が抽出できると考えた。
式(1)の右辺ベクトルは、非線形解析で生じる不平衡力(接線勾配を用いて力のつり合いから求められた変位から、非線形を考慮して内力を求め直した場合の差分)が含まれている。このため、非線形性が強い場合には、右辺ベクトルのノルムが大きくなる傾向にある。このことから、右辺ベクトルのノルムを監視し、ノルムに大きな変化がない場合には有効剛性のLDL分解分解は行わず([Sn]および[Cn]マトリクスの更新も行わない)保留とし、ノルムが変化する場合LDL分解(および[Sn]および[Cn]マトリクスの更新)を行うものとした。
この方法は、既存の非線形解析プログラムの骨格を大きく変えることなく実現できると考えられる。本稿は、市販の解析プログラムRESP-F3Tに組み込んで検討した。
検証方法
検証方法として、耐震設計の実務で用いられるレベルの立体塑性振動解析として、図1に示す地上35階(地下なし、塔屋1階、軒高160m)の鉄骨造の超高層事務所ビル(制振部材として、座屈拘束ブレース及び粘性制振壁を併用)を取り上げ、設計用模擬波形として告示波(位相:JMA-KOBE1995-NS)を80秒間入力る解析を行った。なお、地震波入力方向の固有周期は、1次:4.3[s]。2次:1.5[s]である。
LDL分解の必要判断は、直前の行われたLDL分解の時点の有効外力右辺ベクトルに対して、その時点の右辺ベクトルのノルムが、1%以上変化した場合にLDL分解を行うものとした。
図1 躯体パース(左)および主要構面軸組図(右)
図2 入力波形(告示波極稀:位相JMA-KOBE1995-NS)
表1 解析ケースの設定と計算時間の比
表2 消費エネルギーの内訳の比
検証結果
解析ケースとして、表1に示す4ケース(内2ケースは本提案方法)とした。いずれも、大幅な計算時間の短縮となっていることがわかる。表2には、各ケースの消費エネルギーの内訳を示した。S400では最大7%程度の差が、S100では最大6%程度の差が生じている。図3に最大応答値分布図を示した。提案方法は従来方法とよく一致していることが確認できた。
図3 最大応答分布図の比較
まとめ
本稿にて提案する有効外力項(右辺ベクトル)のノルムの変化に基づいて大型疎行列のLDL分解の頻度を低減する方法は、最大応答値などの設計に必要な項目に関して、計算精度を保ったまま、計算時間の大幅な短縮(約1/4の計算時間)が達成できることが確認できた。
今後は、低層建築や鉄筋コンクリート造などの他の構造形式でも検証する必要があると考えている。
【参考文献】
[1] 日本建築学会「空間構造の数値解析ガイドブック」2017年.